悩める就活生のあれこれ

日常で思ったこと、何か記事を読んで感じたことを中心にまとまりない感じでつらつらと書き連ねていきます。 (現在セブで日本語教師のインターン中)

就活、そしてその後の人生は。

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久々の投稿となります。
気付けば桜も咲き始める時期になりましたね。
こんばんは。








ここ数日はダンスのイベントスタッフやらバイト先の4年生の送り出し、
友人の誕生日祝い、父の仕事の手伝いなど盛りだくさんの数日でした。
睡魔にやられ更新できなかったと言い訳させてください…。




近頃、いつ海外行くのと声をかけていただいたり、わざわざご飯に誘っていただいたり
ブログ見てると声をかけていただいたり見てないよと報告していただいたりと。
気にかけていただいているようでとても嬉しいです。わら




それと同時に、周りの就活も本格化してきているようで。
企業の選考に通るためにESやらSPIやらに励んでいて、頑張れと思う日々であります。






みんなも憧れの企業に入るため。
企業も大きくなればなるほど数多くの就活生をあの手この手でふるいにかけ、絞るために励んでいるなあと感心してしまいます。




このやり方でどんな人を落としていきたいのか、どんな人に面と向かって会話できるチャンスをあげたいのか、想像つかなくて驚きです。
この一大イベントの本質、是非機会があったらお聞きしたいものです。






就活の話題以外にも、源泉徴収税に引き続き法人税のことなども詳しく知ってみたいなと。
自分の親も、税理士さんに手伝ってもらってるので詳しくはわからないみたいなのですが、
父は独立してはいるものの、一人で社長兼会社員をやっているらしいのです。




…なんだそりゃ。
なんでも、個人事業主よりも会社のお金をつかったりしたほうが税の仕組み的に都合がいいらしく。
自分で自分にお給料を払って、そしてもらっているのだとか。




ややこしすぎるわ。




それか、自分が世間知らずなだけ?当たり前なのかな世の中じゃ。
なにしろ、そういったことも考えるとますます世の中の仕組みについて勉強しなきゃなと思う訳です。




勉強すること多くてワクワクするのと同時に
身の回りのどこから専門の人に任せたほうが自分が無理なく生きていけるのかも考えなくてはならないようです。
なんにせよ世の中の仕組みって知らないよりかは知っているほうが断然得することは多いようです。




どんな仕事について、どこまで自分の身の回りのことを自分でやり、
どんな家に住んでどんな生活を送って…。




そう考えていくと近頃楽しくてモチベーションが上がると同時に
人生って予測できなすぎて不安な自分がいたりします。






だからこそ楽しみ。だからこそ不安。なのですが。




まあどちらにせよ先が見えないのは変わらないのだから、どーせならばワクワクしながら1日1日を生きていけたほうがいいですよね。




「人生とは、その一瞬一瞬をダンスするようなものだ」
そのようなニュアンスの言葉を、アドラーは残しました。




「君は目標設定者でも、人生設計者でもなく、冒険家なんだ」
そのようなニュアンスの言葉を、デールは残しました。




今を生きろということですね。要するに。
帆を張り、風を受けるがままに航路を決定するように。気の向くまま。波に任せるがまま。




そう考えると、まだ見ぬ未来も楽しみで仕方がありません。




えーーこれどうなるの自分!?
まるで毎週楽しみにしているドラマや連載マンガのように。




まあ今回もまたどう思うかは人それぞれの価値観ということで。
それではまた次回。



相手にどうなってほしいか。

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近頃の日中は暖かく、過ごしやすいですね。
花粉に苛まれる日々です。こんばんは。






さて、昨日はとある企業の経営者の方とお話をしてきました。




クライアントを数十社持っているキャリアコンサルの中小企業と、
飲食店の二つを経営しているらしく、経営者目線の貴重なお話を伺うことができました。




その方の面談のやり方は他のキャリアコンサルの方々とは変わっていました。
まるで、圧迫面接かのごとく鋭いツッコミをところどころにされて
正直メンタルもだいぶえぐられるようにして深掘られていきました。




自己満と仕事はしっかり分けて考えろと言われましたね。
仕事は何のためにするのか。
他でもない相手のために、相手のことだけを思うものだと。




いろいろ言いながらも、分かっていた気になっていただけなのでしょうか。
焦点がまだ自分にしか当たっていないと、ズバッと言われてしまいました。




あー、まだ甘ちゃんだったかー自分。




自分の持つ選択肢を正当化しようとする節があると警告までされてしまいました。
…もう完敗ですよね。




なんでも、1対1でこうやって時間をかけてメンタルをえぐっていくようにするのがその人の本質が見えるらしく。
効率は悪いかもしれないけれどその手法をとっているようです。
「対面すると逃げられないじゃん」「逃がさないしね」と笑顔で口にするその姿たるや…。






ドSかて。鬼やで、鬼。あんたそれ。




誰しもにウケるようなやり方ではないでしょうが、やはりそれも心理学に基づいて人を追いつめていくみたいです。
確かに追い詰められたほうがその人の本質が浮きぼるという考えは同感です。
言葉という凶器で丸裸にさせるような感覚ですよね、もはや。




でもやはり、その方の考え方はとても賛同出来て、
追いつめられている中でも思わず「いや、すごいです…。」とため息交じりに感服してしまったほどです。




何だったら自分を投げ打って相手のためだけに頑張れるのだろうか。
考え様によっては、何であっても相手のために働けるのではないか。
だからこそ、相手にどうなってほしいか、というのが大事な問いになるのか。




まだまだそう簡単に答えは出なさそうです。




そうして、途中から路線がずれて自分が質問者みたいになってしまいました。
それでもこんな一学生にしっかりと自分の考えなどをぶつけてくれる方だったので、とても勉強になったとともに、話を聞いていてどこか心が躍っている自分がいました。




その後もお世話になっているダンススタジオを個人で営んでいる方ともお話させていただきました。
今まで聞くことのなかったそこのダンススタジオをつくろうと思った経緯などをお話していただき、思いました。




やっぱり経営者の方の話を聞くのって面白いわ。




やはり雇われていない分、雇われている人よりも守られていなくて
自分の行動や考えが仕事に直結するので、比較的結果が目に見えやすいんですね。




別に雇われている人がそうじゃないと言っているわけではなく。
あくまでも比較的、な話で。ハイリスクハイリターンだと思うんです。
経営者や個人事業主っていうのは。なにに対しても責任負うのは自分自身だし。




自分の父親が個人でやっているのを見てきたっていうのもあるんでしょうね。
そんな生き方って良くも悪くも面白そうだなって。




新たな繋がりがどんどん増え、既存の繋がりに改めて気づかされ。
自分は本当に環境に恵まれているなと思う日々です。




平和ボケするわ、こんなん。




まあ、今回もどう思うかは人それぞれの価値観ということで。
それではまた次回。



大学のありかた!?

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昨日はコストコに買い物に行き、サークルの卒業イベントの練習をして。
わりとまったりとした1日でした。
こんばんは。




さて、facebookでとても興味深い記事がシェアされていたのを見つけました。
昨年の記事で少し古いものでしたが、書かれている内容としては決して古くなく
むしろ新しいものでした。




どんなものかというと
「大学生は時給制のバイトをすべきではない」
といったものでした。




読む前に少しばかり内容を予測してみました。




貴重である自由な時間が奪われるから?
結局雇われ精神しか身につかないから?
そもそも時給制じゃないバイトってなんだ?
それこそ成功報酬型のもの?




なかなか思いつかないものですね。
まあ、自分も普通にバイトしてサークル活動して遊んでっていう生活送ってたし。




とりあえず読んでみましょうか。




記事のまず一発目には「従来型の大学は、社会に最適化されていない」ときました。
まあ、そうね。
大学生の意識の問題も大いにあるけど、教育制度的にね。




教える立場としては
もっと大学のうちから社会に触れさせるようなもの。
大学の社会の仕組みなど興味を持たせるようなもの。




教わる立場としては
もっと社会の仕組みなどに興味を持つ。
受動的でなく能動的に行動を起こす。




ということが求められるということですね。
言うは易し行うは難し、ですね。
自分も3年間そんなこと出来ていませんでした説得力ありません。




アメリカのシリコンバレーのシンギュラリティユニバーシティの紹介もされています。
なんでも、民間企業の第一線で活躍している人が講師となって
リアルに起こっているあらゆる社会問題について講義してくれるといったものなのだとか。
…恥ずかしながら今まで全く知りませんでした。




日本はそういった文化こそ取り入れなくてはなりませんね。
日本って教育に対して頑固な姿勢を持っているイメージがあります。
あくまでイメージですが。




でもやはり、すぐに変えるのは難しいですよね。
日本は学歴社会だから、○○大学卒っていうだけで評価されがちですもんね。
そこで何を学んでいようが、何をしていようが。




だからこそ社会とのギャップに悩まされるのか。
就活ヨーイ、ドン文化と大卒評価されがち文化はどうにかしなければならないかもしれませんね。




この記事の執筆者は「大学に入ったらアルバイトせずにインターンしろ」というみたいです。
アルバイトは自身の肉体的な労働時間でお金をもらうもの。
それはAI(人工知能)などに代替される世の中になりつつあるから。




この記事の議題からすると、そうなりますね。
間違ったことも言っていないし。
まあ、全員が全員その考えになってもよくないというのはあるし、大学って就職のためにあるわけでもないとも思いますが。




なんにせよ早いうちから社会も含め、いろいろなことに触れておくことが大事なようです。
これからの働き方や生き方、社会のあり方からしても
それは確かに大事なことですね。




自分の考えとしては、今回の記事は頷ける部分もあったけれども
何をするにしても、自分を知ること、自分の軸を持つことが必要だということですね。
それだけで大学でどんなことをしていようが「その人だけの人生」がありますから。




まあ、今回もまたどう思うかは人それぞれの価値観ということで。
それではまた次回。



豊かに生きるために多くのものを「知る」

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今日は昨日とはうって変わって良き天気でしたね。
観たい映画が多すぎて困っています。
こんばんは。




さて、昨日は戸籍謄本を交付してもらいに市役所やら
確定申告をするために税務署やらに足を運んできました。




あ、税金のお話に興味がなければ後半まで飛ばしちゃってください。わら
後半からニーチェの哲学のお話をしています。




ということで。
実は学生のみなさんも確定申告が必要な場合があるってご存知でした?
自分もバイト先の同期に教えてもらって目からウロコだったのですが…。






半信半疑で確定申告をしてみたら、なんと!




過去2年間分で5万円近く還付される(手元に戻ってくる)ことになりました!
これは知っているのと知らないのでは損得の差が大きすぎませんか…。




なんでも自宅のパソコンで調整額を打ち込んで印刷したものを税務署に出しに行くだけでいいのだとか。
国税庁のホームページから確定申告できます。
過去5年間まではバイト先から源泉徴収票もらえるように定められているみたいなので
知らなかった方は是非確定申告してみてください。




やり方が分からないよーって人は、まだギリギリ税務署で確定申告の作成会場が開かれており
不明点は質問しながら確定申告作成できるので、足を運んでみるのが手っ取り早いかもしれません。


あ、しっかり源泉徴収票はバイト先からもらってから行ってみてくださいね。マイナンバーも忘れずに。
詳しくはネットで調べるか、税務署に電話で尋ねるのがよいかもしれません。




ということでざっくり税金のお話をしたところで…。
ずっと読んでみたかった「ニーチェの言葉」
昨日ようやく読み終えました。




本自体の感想としては、もの足りないって感じですかね。
というのも、ニーチェの思想の紹介本みたいになっていて、ニーチェの執筆した本から
ワードを厳選して羅列されている、といった内容でして。




ニーチェの思想のほんのさわりだけしか知ることができないものだったので、
ニーチェ自身が執筆した本を読みたくなった。といったところでしょうか。




ニーチェの説く哲学自体の感想は、人間の弱さも含めて実にわかりやすく人というものを分析しているなといった印象を受けました。
それ故、アドラー心理学などよりは万人に受けやすいというか、あまり抵抗なくスッと落とし込めるようなものだと思います。
頭では理解できるけどさぁ…と、反発したくなりがちなものもあるけどね。




なかでも、あ、読んだ本とマッチしてる。と思ったものもいくつかありました。
ちょっとだけ例を挙げると、
「人生とは限りなく多く所有する競争のために与えられた時間ではないはず」
「最短の道は現実が教えてくれる」




のように、目的や自分を忘れるような生き方に警告をだしていたり、
未来や過去、幻想よりも現在や現実を大切にするべきだというものは多くの人に説かれているものですね。




自分の将来について悩んでいる、特に就活生なんかに必要な言葉は
「自分のなぜを知れば道はひらける」
「体験だけでは足りない」




のようなものですね。
自分のことをまずは知ること、経験そのものじゃなくて経験から何を得られたのかをあとから考察することが大事だということですね。




んなこたぁわかっとるわ!って…。
本当に理解していますか?
なかなか容易そうで難しいことを言っていると思いますよ?
「自分を遠くから見てみる」ことが必要みたいですし。




他にも考えさせられるような言葉があるので興味を持ったら是非手に取って読んでみてください。
自分はあと一冊ヘビーな本があるので、それを読み終えたらニーチェの代表作を手に取ってみようと思います。




まあ、今回もまたどう思うかは人それぞれの価値観ということで。
それではまた次回。



強い繋がり、弱い繋がり

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今日は久しぶりに一日中雨が降っていますね。
雨の音で目が覚めました。
実は割と雨の日って好きです。こんばんは。






さて、昨日ですが
…一日寝ていました。わら




というのも、日曜日の夜にバイト先の同期の友達に
誕生日プレゼントを渡すついでに飲みに行こうという話がありまして。
遅れるから先にどこどこのお店行っててと、言われるがままにお店に向かうと…。




なんと長らく顔を見ないバイト先の先輩方がずらり。




久しぶりすぎるというのと、何が何だか状況が読み込めない自分。
リアルに15秒は固まっていたと思います。




そんな言葉も出ない自分のもとにケーキが運ばれ
そこにはいってらっしゃいの文字が。




まさか、自分のためにせっかくの休みを献上して駆けつけてくれていることにも驚き
そんなことがあるというのが思いもよらな過ぎて驚き
感謝極まりないと同時に我ながら愛されているなあと実感。



(海外に行くということは)ほとんど急に決めたものだし、
どうせ1年もすれば帰ってくるものだからとなかなかドライな考えだったのですが、
こうやって応援してくれたり寂しがってくれる人が大勢いるんだなぁと思うと
少し日本を離れることに寂しさも感じたり…。




まあ、行きたくないとはなっていませんが。




それほど強くないにしても、しっかりと繋がっているんだということと
自分って幸せ者だなということを改めて実感させられた日でした。




そのまま一部の人(二次会から参加した人も含む)には朝まで付き合っていただき、
その後もしっかり飲ませていただきました。わら




こんどまたゆっくりとご飯でもいけたらいいなと思う今日この頃でした。
社会人の貴重なお話も聞きたいですし。




こんな風にさほど強くないような繋がりも大事に出来るのっていいなと思いました。
いつか読んだ本にもこんなことが書かれていたと思います。
また、違った状況でだとは思いますが、弱い繋がりこそ大事にしろと。




なんでも、その本によると強い繋がりほど、自分と環境や価値観などが似ていたりするので
付き合っていて勉強になったり新たな発見があるのって弱い繋がりとの間で起きるのだとか。




だから、一度でも一時でも関係を持てた人はその繋がりはいくら弱くても
そう簡単に切らないほうがいいみたいですよ。
いつ自分を救ってくれるか、いつ自分が役に立つか、分からないですしね。
まあ、成功へのひとつの選択肢です。




なんだか、今回は自慢日記のようになってしまいましたが
いつものごとく、どう思うかは人それぞれの価値観ということで。
それではまた次回。



まごころを、買う。

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昨日は母の中学時代の友人が出店しているという
ハンドメイド市場に着いていきました。
こんばんは。


神社やお寺を借りてその市場は開かれているらしく
規模は小さいながら、とても興味があったので行ってみました。



思ってたより多く出店されていました。
ハンドメイドというだけあって、商品ひとつひとつに温かみを感じるとともに、どれも細部へのこだわりがすごく、本当に手作りなのかと目を疑うものもありました。


日本人得意ね。こーゆーの。


そしてこれが母さんの友人が二人で営んでいるお店。


…完成度の高さですよ。
なんでも、ニューヨークに行き、技術を学んでこうやって日本でビジネスにしているそうです。


ここでは、どこもかしこも物を作った人に直接お金を払い、物を買う。
そういった物を通じた人対人の繋がり。
決して価格は安くはないけれど、目の前にいる人が手掛けることによる付加価値に対する感謝という意味でのお金。


ひとつひとつは決して安くはなく、数多く売れるわけではないとは思います。
それでも、商品の価格だけではない何かがそこにはあったと思います。



お金に縛られることなく、自分の好きなものを作り、その人自体の技術を付加価値として直接誰かに対して売る。
表現があっているかどうかはわかりませんが、とても素敵な生き方だなと思いました。


その人にしか作れない。その人にしか生きれない人生だなと感じました。


そんな夢を実は母も抱いているらしく
小さいカフェなど開いてゆっくり毎日暮らしたいと口にしています。
本気かどうかは別にして。


そんな夢を叶えてあげられるぐらい自分が稼げたらいいなーと純粋に思った1日でした。
稼ぎたいと思うひとつの指標ですね。



まあ、まずは親のためではなく自分の人生を歩ませていただきますが。
結果そうなれたらいいなと。


子供にも自分以上の環境を用意して、親にもお店をプレゼントしてあげるとなると…。
かなり稼ぐ必要がありそうです。わら


今回もまたどう思うかは人それぞれの価値観次第ということで。
それではまた次回。


成功者の共通する秘訣!?

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昨日また新しい本を数冊購入しました。
最近はもっぱら読書をして時を忘れています。
おはようございます。




今回読んだのは「仕事は楽しいかね?」Dale Dauten
先日先輩に勧められたもので本屋で見つけたので読んでみました。






この本は今までのものとは一風変わって仕事と成功について、
成功を収めた偉人達のエピソードの紹介とともに書かれているものでした。




天才と呼ばれる人たちの数々の成功の裏には、ある共通点があると言います。
そんなものがあるなら是非聞いてみたいと皆が思うでしょう。




その共通点とは…。




他でもない「偶然」なのです。




はい、がっかりしましたね。分かります。
では、そんな一握りの人しか掴めないチャンスとやらを待つしかないのか。
結局ラッキーにしか過ぎないのか。




いえいえ、そうではありません。
その偶然が来るのをひたすら寝て待つのではなく、
偶然を引き当てるまでいろいろ「試す」ことが必要だということなのです。




要するに、数打ちゃ当たる精神、ですね。
例えば、10回中1回当たって9回ハズレだとしましょう。
10回しかくじを引かないから1回しか当たらないのであって
10回以上くじを引いてもいいわけです。
当たり前のごとく、もっと当たる可能性は増えます。








わーお、簡単。




いやいやいや。
その分ハズレ引きまくりますやん。
リスク追いすぎ。全然現実味がないわ。あほちゃいますか。
と、言われざるを得ません。




分かります。自分も多少思いました。
しかし、Dale Dautenに言わせると、「試すことに失敗はない」なのです。
上手くいかなければ、これは上手くいかないというのが分かるから
やり直せばいい。ただそれだけのこと。らしいのです。




それには同感。
いろいろ試してみないとそれがダメかどうかもわからない。
試さないでこれはダメだと決めつけているものほどもったいないものはない。
この考えにも結局のところ勇気が必要なのだろうと思います。
だって失敗怖いもん。失うものも多いだろうし。嫌われるかもしれないし。




こう考えてみてはどうでしょう。
それで失うものはもともと失うべきものだった。
それで嫌う人はなにもしなくてもすでに嫌っている。もう嫌われている。
ちょっぴり楽になるかもしれません。




それに加えて、近頃注目を浴びている「俺」というTwitterのアカウントをインタビューした記事を読んだときに書かれていた言葉がありました。
売りにしているキャラのせいで多少イラッとくる方もいるかもしれませんが、一度この記事を読んでみていただきたいです。


https://twitter.com/Messiah_ore/status/838309825435983872


この記事に書かれている「どんな選択にも51%のメリットと49%のデメリットが存在する」
そして、「その選択を正解にするために動くと良い」
という言葉からあるように、
結果はどっちに転ぶか分からないけれど、その選択をメリットにするかデメリットにするかすらも決定権は自分にあるということですね。




先ほどの本の話につなげると、「試すことに失敗はない」という言葉の意図も少し理解できるような気もします。




是非、今回紹介した本も、Twitterの記事も、興味が湧いたら読んでみたください。
本には、たくさんの事例も載っています。
コカ・コーラやリーバイスなどの誕生秘話など、天才と呼ばれる人たちの話がまとめられています。
自分は知らなかったので、単にへぇーと思いながら読みました。




結局、行動に移す勇気が必要だったり、日々新しいことを「試す」ことが必要というわけです。
なにもせず、可能性を否定するような大人にはなりたくないですね。




そんな自分は好きなことを素直に好き!と言い
本当にやりたいことには規制をかけず
日々いろんなことを試していこうと思います。




そうするだけで「偶然」とか「チャンス」って目の前に現れるんじゃないですかね。




今回もまたどう思うかは人それぞれの価値観ということで。
それではまた次回。



言語、幸せ、お金とは

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昨日は、朝から公園で踊り、1年間海外でインターンに行っていた高校時代の先輩とランチしてきました。
おはようございます。




渋谷のとある公園でいつものように練習しているときでした。
いきなり隣で踊っていた2人の高身長フランス人が日本語で話しかけてきました。




「一緒に踊ろう。」
そう言われ、自分含め3人とフランス人2人のhouseダンスセッションが始まりました。




今会ったばかりどころか、向こうが時々挟む言葉も何を言っているか分からない状態。
だけど、ただひたすら踊り、とてつもなく楽しみ、心が通じた気がしました。




ダンスというツールがあれば、言語の壁などいとも簡単に超えて、繋がることができる。
ダンスをやっていてよかったと心から思うと同時に、海外に行ってもこんな風に言葉が通じなくてもコミュニケーションがとれたら最高だなと。




結局言語も人と人とを繋げる、コミュニケーションのためのツールのひとつ。
それが言葉であれば言語、身体であればダンスや手話なだけ。
手段はどうあれ目的は人と人の心を繋げる。友達になること。だと思うのです。
改めて実感しました。








そんな素敵な朝活をした後は、自分の尊敬する先輩とのランチ。
4時間近くも語り続けていました。本当に感謝です。




なかでも幸せについてと、お金のあり方についての話が興味深いものでした。




昨日の自分らしさというものと被るのですが
やはり他人の幸せよりもまずは自分が幸せになることが一番だということですね。




単純に自分が一番幸せだと思えて、身近な人たちも巻き込んで幸せになる。
それを世界中の人が感じれば世界中が幸せになる。




これを聞いて理想論だと、世の中そんなに甘くないと言いますか?




確かに幸せの価値観は人それぞれだから、それでみんなが幸せになるかと言ったら難しいところもあるでしょう。
だけど、大前提として誰かを、ではなくまずは自分が、幸せなのです。
それは自分のことを全く犠牲にすることなく、です。




これについては深堀っていくと時間がかかり過ぎてしまうので割愛。




他にも数ある話題の中、お金のあり方という話は難しいながらとても興味のあるものでした。
資本主義社会の限界、インドの高額紙幣廃止、暗号通貨…。
様々な問題に焦点を合わせていくとお金ってどうあるべきだろうという考えが止まりません。




それこそお金があれば幸せなのかという話にもつながるし
人が幸せだと感じるお金の量という話も出てきます。




本当にお金はあればあるほど良いものなのでしょうか?
なんでそんなにお金には価値があるのでしょうか?
何故お金のために人は拘束されるのでしょうか。




自分なりにお金ってこうだよなという考えはもちろんあります。




しかしこれに関しては自分ももっと勉強しなくてはならないし、実際にビジネスをやってみてお金の仕組み、社会の仕組みを理解しなければなりません。




ゆーてもバイトしかしたことのない一学生がやんややんや言うてるだけですからね。これって。
人生一生勉強ですわ。楽し。




もっと本読んで、たくさん調べて、たくさん考えて、人とお話しして、踊ろ。




この日一日、とても濃いものでした。
自分の好きなこと、やりたいこと、価値観への理解がより一層深まった一日でした。
書きたいことが多すぎて逆に内容が薄いものになってしまった気がしています。わら
こんな日を毎日送っていきたいものですね。




まあ、今回もまたどう思うかは人それぞれの価値観ということで。
それではまた次回。



自分らしく生きる、とは

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今期のバイト納めを無事終えて、中学校の恩師から勧められた本の3冊目を読み終えました。
どうも、金子です。



最近の過ごし方はもっぱらバイトしたり読書したり踊ったり人とお話したり…。
いい時間を過ごせています。



さてさて、今回は読み終えた本の中の1つ
心屋仁之助さんの「もう我慢しない」から自分らしさについて触れていこうと思います。

内容全てに心から同感というわけにはさすがにいかないけれども、自分の考えに近いものが多かったので、電車のなかで大いに頷きながら読んでいました。



自分らしさとはいったいなんなのか。
これはとてもシンプルでありながら、多くの人にとっては難しいものだと思います。
特に日本人にはね。



様々な見解があるとは思いますが、自分らしさというのは自分に素直に生きること
だというのがひとつの要素としてあると思います。



自分に素直に生きるとは?
自分に嘘をつかないこと。



自分に嘘をつかないとは?
自分の気持ちを我慢をしないこと。



自分の気持ちを我慢しないこととは?
つべこべ考えず、直感で行動すること。



そう、一番の自分らしさとは、自分の直感に従うことだと思うのです。



リスクはそりゃ伴うかもしれませんが、
そんなこと考えずになんとなくで動いていいと思うのです。



なんとなく、良いと思ったから。
なんとなく、こうしたいから。
なんとなく、嫌だと思ったから。
なんとなく、言いたくなったから。



それが自分にとって一番素直で正直で偽りのないその人自身なんです。
というか、直感で選ぶと迷って迷って選んだものよりいい結果になる可能性高いらしいですよ。

しかも、なににも迷わずやったことだったら、例え失敗したとしても、後悔はしないと思うんです。



後悔って、あのときああしとけばよかったとか、やらなければよかったとか。



まー考えなしに動いたから仕方ないよなー。ドンマイドンマイ。
そう思えるだけで無駄な悩みごとは無くなり、負担は軽減されます。



ほら、直感で生きると、いい意味で諦めがつくと思いません?



どーせ一度きりしかない人生
笑っていても、落ち込んでいても、いつかは必ず終わりが来る。
それなら自分らしく、後悔なく、なんでも笑い飛ばして、幸せに生きていけたら良いな。



そんな現実は甘くないって言う人、絶対周りに数人はいると思います。
それはそれでいいと思います。そう思いたいのであれば。



ただ、現実を甘くするのも、厳しくするのも、その人次第だと思うんです。



現実を甘く見てる人を蔑んで、馬鹿にして、見下して、拒絶する人は、人生を厳しくつまらなく生きていけばいいと思います。



それこそ人それぞれですからね。



なにがダメって、いろんな考えがあるのに、それを拒絶して自分の物差しでそれは悪だって決めつけてしまうこと。



そうしちゃうのは、きっと心のどこかで羨ましいって思ってるから。
自分も本当はそうしたいって思ってるから。
結局は嫉妬してるからなんです。



本当はそうしたいんだったら、そうすればいい。
笑いたいんだったら、笑えばいい。
泣きたいんだったら、泣けばいい。
とってもシンプルです。



直感を大事にするかしないかは人それぞれ。
そう、今回もまたどう思うかは人それぞれの価値観次第ということなのです。



それではまた次回。
次回は今回触れた直感について書けたらいいなと思います。

まずは自己満足から!?

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最近怒濤のバイト連勤やらダンスの深夜練やらで眠たさが極まっております。
こんばんは。


好きなこと、好きな人たちとやっていることなので、苦ではありませんが。


あ、それと、最近ブログ見てるよといってくれるかたが多くて、素直に嬉しいです。
もっともっと定期的に、いい発信ができるように努めていきますので、よろしくお願いします。


今回は、自分の尊敬するダンスの先生の話を織り混ぜつつ考えを綴っていきたいと思います。


自分のダンスの先生はダンスの面ではもちろん、人としてもとっても尊敬できる人なのです。


考え方
自分の軸
人生やダンスに対しての姿勢


などなど、人として惚れてしまったので先生として慕っているのですが。


昨日のレッスン終わりのこと。


結局のところ、自分が楽しかったり気持ちいいのが一番。
他人に伝わるかどうかはその後について来るもので、
自分は楽しくないけれど他人には伝わるというぐらいなら単に自己満で終わるぐらいの方がいい。


そのような趣旨の話でした。


この発言は果たして自己中という言葉で済むものでしょうか。


少なくとも自分はそうは思わなくて。


自分をまともに楽しませられなくて、他人を本当に楽しませられるのか。
自分が幸せだと思わなくて、他人を本当に幸せにすることはできるのか。
自分のことを理解出来ないのに、他人のことを本当に理解できるのか。


そういうことだと思うのです。
結局のところ、まずは自分を構ってあげることが大切だということ。


そのときはもちろんダンスについての話だったのですが、何に対してもそうだなと考えさせられました。


今読んでいる心屋仁之助さんの本にも書いてありますが、まずは他人のことは考えずに自分の本当にやりたいことだけをやる。
それで勝手に周りの人も楽しんでくれる。


そこに繋がるのかなと。


その後も人生についてや、モチベーションについて、真剣ということについてなど、様々な話をしました。


ダンスだけでない、多様なことを教えてくれる、こんな素晴らしい人に出逢えて本当によかったと改めて思いました。


自分の周りには本当に素敵な人ばかり。
恵まれているなとよく思います。
強い繋がりがあるひとも、弱い繋がりの人も。
そういった繋がりを大切に、さらに拡げていけたらいいですね。


まあ、今回もまたどう思うかは人それぞれの価値観次第ということで。
それではまた次回。


過去と現在~後編~

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土日はバイトだったり深夜に予定があったりでひたすら眠かったので更新しませんでした。
…言い訳ですね、完全に。
ごめんなさいおはようございます。


さて、今回は先日の続編ということで
過去について違う観点から考えてみようと思います。


原因論や目的論についての説明は前回の投稿を見ていただければなんとなくわかると思います。


↓前回の投稿はこちら↓
 悩める就活生のあれこれ: 過去と現在~前編~
http://syuukatuseiarekore.blogspot.jp/2017/03/blog-post_10.html?m=1


それを踏まえて、アドラーは過去を否定するということでしたね。


トラウマを否定するのは私もわかりますが、過去自体を否定してしまうというのはなかなか分かりかねる、という話だったと思います。


なぜなら、今の自分の価値観を決定しているのは、
少なからず過去の出来事やあの時の出会いなどのキッカケも原因としてあると思うんです。


あの時、辛かったけれど、頑張れたから今の自分がある。
あの時、あの人と出会えてから価値観が全く持って変わった。


こういった言葉を耳にした、あるいは口にしたことがあるのではないでしょうか。


これこそが、過去の出会いや経験が現在を左右しているという理論の裏付けになり得るはずです。


先日の話と違う点は、過去を軸に考えた現在がプラスかマイナスか。
それ以外にはないと思われます。


そう考えてみると、アドラーの立場でいう過去を否定するというのはいささか言い過ぎなのではないでしょうか。


自分が単にアドラー心理学を理解しきれていないだけなのかもしれませんが。


それはさておき、この疑問に対してなんとなくこうではないか、という自分なりの解釈はあります。
しっくりくるかと言ったら微妙なのですが。


その解釈とは
先日挙げた例は、過去が直接今の価値観を形成しているという考えであるのに対して


今回挙げた例のものは、過去の出来事や出会いはあくまでキッカケに過ぎないのであり、そのキッカケにより現在がどうなるかというのは直接の関係はないという考えだというものです。


…とっても複雑。
しっかり分けられているかも分からないし。


この解釈、結果捉え方次第になってしまうとも思えてしまうのですが。
まあこの話題自体も心理学に基づいているものなので、見方や考え方の違いでしょといえばそれまでの話。


先日の話と今回の話、どちらも共通して言えることは過去はあくまでキッカケにしか過ぎず、現在の自分を形成しているのは現在の自分自身。


しかし、過去とはいえ、周囲の環境の影響は少なからず受けている。
ということでしょうか。


過去がどうであれ、自分がこれからどうするかに焦点を当てることが大切。


まとまってるようでまとまっていませんね。
ごめんなさい。わら


まあ、今回もまたどう思うかは人それぞれの価値観次第ということで。
それではまた次回。


過去と現在~前編~

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昨日はバイトのオープン作業をしてから、
サークルの卒業イベントの練習のため渋谷の宮下公園に長時間滞在していました。
花粉にやられまくっている日々です。おはようございます。




さて今回は最近やたら話題に出る(自分の周りで、ですが)今を形成していると思われている
”過去”についての話をしようかなと思います。




内容からして、大部分がアドラー心理学のお話になってしまいますが、悪しからず。




さて、みなさんは過去と聞いて何を想像するでしょうか?




過ぎ去ったもの
もう変えられないもの
遠い昔の思い出
今の自分を形成しているもの




いろいろあると思いますが、どれも間違いではありません。
人の数だけ答えがあっていいと思います。




その過去の中で、
嫌な思い出
トラウマ
後悔
などは思い当たりますか?




思い当たらなかった人…。
きっと今が充実しているのだと思います。




思い当たった人…。
そんなものはないと思ってみましょう。




一体どういうことなのかというと、アドラー心理学の考えでは
過去を否定します。




いや、過去は全く関係ないって…。
ここまで言い切られると、自分もさすがに困惑するというか…。
それも、まだ理解しきれていない証拠なのでしょうけれども。




それは置いといて、トラウマや、過去にこんなことが起きたから
今は何かができない、したくない、という考えを否定するところまではわかります。




なぜトラウマが否定されるのか。




それは、過去に起こった出来事が直接関係しているのではなく
今の自分がどうしたいか、それによって過去の出来事を持ち出している
ということになるからです。




一体どういうことなのか。




考え方としては
過去にこんなことがあったという原因からこういうことはしたくないのだ
ではなく
こういうことはしたくないという目的があり、その目的を達成するために
それはこんなことがあったから、という過去を持ち出し利用している
ということです。




これを、前者は原因論、後者は目的論といいます。




ややこしいですね。
分かりやすい例を出してみましょう。




Aさんに中学時代いじめられていた。だから自分はAさんが嫌いだ。
これは原因論。
Aさんのことが嫌いだというものが前提にあり、理由をつけるとするとAさんに中学時代いじめられていたという過去があるから。
これが目的論です。




原因論は、過去の出来事があるから、現在こうだ。
で終わってしまうのに対し、
目的論は、過去は全く関係ないと考えるので、残るのはAのことが嫌いだというもののみとなります。




そこが目的論の難しいところなのです。
過去がこうだから、という言い訳ができない。
現在がこう、ならばこれからどうするかというところにしか焦点が当たらないのです。




それもそのはず。
どちらも共通して、過去は変えられないのですから。




これはなかなか難しい思想です。
どうしたって賛否両論。
言ってしまえば半数以上の人が拒絶してしまうでしょう。




それは自分にはどうしようもできません。
ですがどうか、はなから拒絶してしまうのではなく、暇なときにでも目的論で考えてみてください。
きっともやもやしていたものが解消されたり、少しだけ楽になるかもしれません。




もしかしたらそれだけじゃ楽にならないかもしれません。




それも含めて、これからどうするか、を決められるのはあなた自身だけなのです。
結局のところ、過去に捉われて今を楽しめないのはもったいないでしょ!ということですね。




いや、そんなに軽いものではないかもしれませんが。わら




まあ、今日のところはこれまでにしておきましょう。
次回は目的論も踏まえて過去について”キッカケ”という視点で考えてみたいと思います。






今回もまた、どう思うかは人それぞれの価値観ということで。
それではまた次回。



社会に自分は自分だけ!

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昨日は父親のお仕事の手伝いに行ってきました。
そろそろ職人としてのスキルが身に付いてしまいそうです。
おはようございます。


今回は、バイトの人と居酒屋で語った時に感じた
社会に対しての自分の役割
について書いていこうと思います。


みなさんは、バイトを始めとした、何かしらの集団に所属していますね。


それはバイトだけでなく、別にサークルでも部活動でもゼミでも学校のクラスでもいいのですが。


人間として生まれている限り、必ず複数人との関わりを持っているはずです。


そして現状、多くの人は義務教育として小学校から学校に通うことになり、集団としての行動が余儀なくされていくわけです。


人間は、生きていく上で他者とは切っても切れない関係を結んでいるということですね。
これについてはある学説によるものなので、賛否は両論あっていいと思いますが。


前置きが長くなりましたがとりあえず、ここを言及していたらかなりの時間を費やすことになると思うので割愛させていただくとして。


それを踏まえて、その集団のなかにでも一人一人役割があるのだ、というお話です。


今回はそれをバイトに焦点をあてていきます。


私は、今のバイト先は3年弱続けていて、お陰様でリーダーとして他のパートナーの指導や育成もしなくてはならない立場なのですが。


自分に言わせると、他のリーダーの立場の人たちの方が確実に仕事もできるし、
しっかりと言うべきところは言えて、
同じ役職として自分はちゃんと勤められているのだろうかということも時折感じることがあります。


なかなか人に厳しく言うことも出来ず
仕事もそこまで正確とはいえない。


なぜなら、仕事が早い人もいれば遅い人もいるし
接客が上手な人もいれば下手な人もいる。


それは、能力のあるなしではなく、
単なる向き不向きや得意不得意の範囲だとどうしても頭をよぎってしまう。
だからこそ、強く言えないということに繋がってしまうのです。


それは例えばサークルでは通用するかもしれないが、バイトということで給料をもらっている、いわばお仕事なわけで。
これで本当にリーダーといえるのだろうか?と思ってしまうのです。


そんな思いを他のリーダーに伝えました。


そうしたら、金子には金子なりに他のパートナーとの接し方がある。
伝え方とかも人それぞれなのだ、と諭されました。


この時、当たり前のことに気が付かされました。
リーダーという立場も人それぞれである、と。


リーダーはこうあるべきだというものがぼんやりではあるけれど、固定概念があったんですね。


お恥ずかしい限りです。わら


それこそ、人のまとめかたにもそれぞれあり、ひとえにリーダーシップといってもたくさんの種類があるのだと。


リーダーだけじゃない、全ての人に、全ての環境で言えるものだと思います。


そう考えたときに、自分はどうやったら集団の中で力を発揮できるのか。
どのようなポジションが一番向いているのか。
そんな、自分の強みが見えてくるのではないでしょうか。


他の誰かじゃなく、自分じゃないと務まらない役目というのが必ずあるはず。
それを見つけるのは容易ではないけれど、とてもシンプルな問題なのかと思います。


今回もまた、どう思うかは人それぞれの価値観次第ということで。
それではまた次回。

自分は自分の人生の社長!?

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昨日はバイトでオープン作業をしてから、
とある企業の社長登壇少人数説明会に行ってきました。
おはようございます。


その企業は、創業者がまだ現役で働いていて、かつ創業からずっと黒字経営をしていると聞いて
ぜひともその社長さんに会って価値観に触れてみたいと思っていました。


それに加え、そこの人事責任者がひたすらに社長に惚れ込んだと言い続けるのです。
20そこそこの若者が、60過ぎの方にそこまで惚れ込むとは…。
ますます興味が湧き、この日が来ることを待ちわびていました。


しかし思いもよらない事態が発生。


なんと…社長インフルエンザで欠席。


そんなことあります?わら


それでも、精いっぱいの力を振り絞りSkypeで
集められた10名弱の学生と直接語り合おうとしてくれました。
が、体調があまりに優れなかったらしく、あえなく断念。わら


良い出会いになるかと思いましたが、残念でした。
それでも、目の前にいる人は2年目にして人事責任者を任されている方。
様々なことを学ぶには十分すぎる時間でした。


何が良かったって、なにかとぶつけられる言葉が手厳しい。
自分は21年間全力で生きてきたが、社会に出るにはまだまだ力不足。
まだ社会の現実を直接見ていないながらも、そんなことは容易に想像はできています。
が、それを改めて目の前に突き付けられた感覚を味わいました。


正直やってみないとわからない世界ではあります(だからこそ好奇心が留まるところをしらないのですが)。
しかし、もうこの時点で無数にある道を絞り切れていない時点でもう出遅れているのだ、と。


社長さんはこう言います。
世の中の仕事には大きく分けて5つの道がある。
企業に入るには、まず3つの入口。
経営者になるには2つの入口。


もう今までの人生を無駄にしないためには消去法で選ぶのが一番。
それから自分で道を拡げていく。
ただそれだけのシンプルなものだった。


そういう考え方もあるのだなあとひとまず関心。
しかし、言っていることはそう難しくない。


結局のところは、自主性なのですね。
自分の道を決めるのは誰でもない、自分なのだ、と。


これは単に独りよがりになっているわけではなく、
自分の道も自分で歩めないやつが、他人のために尽くすことができるのか?
と、そういった意味合いが含まれているように感じます。


なかなかに手厳しいですが、核心をついている気もします。


あとひとつ。魂が震えた言葉。
これこそありきたりの言葉のように聞こえるけれど、なかなか意識できないことかと思います。


その言葉とは、
自分が親にしてもらった以上のことを子供にしてやれ
というものでした。


初めて聞くような言葉ではないですね。
それを心に留めながら日々を過ごしている方もいるかもしれません。


しかし、改めて面と向かって言われるとなかなかに重い言葉。


それが親への最大の感謝の表意なのかもしれませんね。
他にもあるとは思いますが。


改めて自分の考えを整理するキッカケになりました。


仕事もプライベートも自分を誇れて、日々に感謝をできて、周りに愛を伝えられ、
自分の子供に自分が置かれていた以上の環境をプレゼントできる、
そんな人生を死ぬ瞬間まで歩み続けたい。


あまりにもシンプルで難しく
あまりにもリアルで理想論


それでもまだ自分への、そして社会への問いは続きます。


結局は自分次第であり、どう思うかは人それぞれの価値観ということですね。
それではまた次回。



個人で活躍していくには

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ここ最近やっと不要な広告を消したり、プロフィールを追加出来たりと

ブログの設定などが理解出来てきたので、いろんなこと試してみています。
おはようございます。


またこれからも可能な限り見やすいブログを書いていくので
多少時間も費やすとは思いますが、お暇なときにでも見てくださると幸いです。


見てくれる人が増えると単純にモチベーションも上がりますから。


ということで、昨日のお話なのですが、中学時代からの友人と地元で語り合ってきました。
もうかれこれ8年程の仲になるのかな…。
改めて考えるとすごい繋がりです。
地元だと比較的会いやすいし。


自分のスケジュール管理の問題で3時間ほどタイムロスしてしまい
結局1時間ほどしか話すことはできませんでした。
申し訳ない…。


まあひとまずそれは置いておき。

みんなそれぞれ将来について考えていることはあり
自分も含め、それぞれの道を歩んでいました。
8年前の若かりし頃などを思うと、感慨深いものがありました。


その中で話題に上がった「世の中の信用」というもの。
何をするのにだって、自分が売れたり、一定の評価を受けるのには
「世の中の信用」を得ることが必要になってくるわけでして。


それがあると、自分は何もせずとも仕事が舞い込んできたり
社会に対して、それなりの発言力が得られたり(内容についての賛否は分かれるかもしれないけれど)。


一概に得だとは言えないかもしれないが、自分が生きていくうえで
夢に一歩近づいたり、なりたい自分への実現可能性がより拡がったりする
それが「世の中の信用」なのではないでしょうか。


それを行使するために世間的に名の通った、いわゆるブランドに頼るのも
はたまたそれには頼らないのも、どちらも間違いではないと思うし、むしろ正解などないでしょう。


入口や途中経過はどんなものにせよ
ゆくゆくは自分個人への「世の中の信用」は獲得したいものです。


それを獲得して自分はどうしたいのかを考えるのも楽しいし
どのような手段・方法で獲得するのかを考えるのも楽しい。


いずれにしよ自分の今後の人生にダイレクトに関わってくる問題を考えているわけですから、楽しくないはずがないんですね。


まあいつもの通り今回もどう思うかは人それぞれの価値観次第ということで。

それではまた次回。



ご報告!!!

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昨日は午後からサークルの卒業イベントの練習をして、バイトをして。
そんな日曜日でした。こんばんは。


そーいえば報告が。
だいぶ一部には出回っているようなのですが…。


自分、1年間海外行きます。


場所はまだ確定というわけではないのですが
東南アジアのフィリピンに行きます。
留学じゃなくて、インターンシップです。


しかも、4月にはもう出発する予定です。


あまりにも急ですね。
いや、数ヵ月前から考えていたことなのですが
だいぶその考えが具体的な形になってきたら公表しようと思っていました。


いやそれにしても自分でも急すぎて笑てまうのですが。


言うなれば、青学になぜ来たかというと
海外留学も考えて、それに力を入れている大学ということで
青学に来たっていうのも事実、あるんですね。


でも、気付いたらサークルに打ち込み
そこで出会ったダンスに打ち込み
3年間という月日が流れていました。


あ、別にそれ自体全然後悔とかしてなくて。
ただ、このままでいいのかというのはありまして。


考えた結果、親にも頼らず自分の資金内で実現可能な形で海外に行けるかなと思い、海外インターンに踏み切りました。


探せば、めちゃくちゃリーズナブルなプランがあったりするんですね。


行きたいところ、やりたいこと。
それが本気なのであればそれを実現するために行動を起こせるはず。
行動できない人は勇気が足りないだけ。
ということを言っている方がいまして。


これは深いなあと。
行動という概念についてはまた今度書いていくとします。


そんなこんなで思い立ったらすぐ行動、な自分は海外に行ってきます。
4年生の1年間休学をして。


まあこれもまたどう思うかは人それぞれの価値観次第ということで。
それではまた次回。



社会と感謝と人生と

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今日は早朝から、父親の仕事のお手伝いとして働いてきました。
花粉がますます酷くなるばかりです、こんにちは。


今日も当たり前のことをつらつらと書いていこうと思います。


今日父親と語っていて、そして手伝いをしていてふと思ったことが2点ありまして。


一つ目は
昨晩、好きなことを仕事にしたいのか、はたまた仕事とは別に好きなことをしたいのか。
疑問を残しつつ投稿を終えたわけですが。


仕事や会社の、それ自体生まれた意味って、人々の生きていく中で
これってなくちゃだめだよね。
こういうのあったらいいのに。
という思い(言い換えれば需要ですが)があったからこそ生まれたわけで。


その人のやりたいこと(時にはやらなきゃと思ったこと)と、
人々の需要がマッチしなくては、それに対価なんて払われるはずもなく…。
人々が支えあう社会って単純にすごいなと。


二つ目は
可能性が無限大にあることへの感謝。


原因として時代の変化というものもあるのかもしれないけれど、
大学生が就活において悩むということの要因として大きなものが一つあげられます。


答えは単純で、環境があまりにも恵まれているということです。
世の中には中卒や高卒も多くいて、それだけで仕事の幅は大きく狭まるでしょう。
自らその道を選んだ人もいれば、中にはその道を選ばざるを得なかった人もいるでしょう。


そう考えると、皮肉なことに大学4年間しっかり勉強していようがいまいが、
未来への道は広く開かれているわけです。


学費を自分で稼いでいるという人も
大学から奨学金をもらっているという人も
学費だけは親に払ってもらっているという人も
生活費も全て親に払ってもらっているという人も


どんな状況でも親に
もしくは自分の置かれている環境に
感謝をしなくてはならないなあと改めて思ったわけです。


自分の子供にもこのぐらいの選択肢を与えられる
そんな親になるべく、毎日を大切に生きようと思いました。


将来こうなっていたいというvisionもそれとなく固まってきたかな…。


今日の話題は特に重かった気がします。わら
あ、そういえばvisionもそうだけれど
今年1年間の過ごし方も決めました。


まあ、いつものごとくどう思うかは人それぞれの価値観ということで。
それではまた明日。



どこで区切るの?

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己の野望を持ち、現在はとあるベンチャー企業で働く一人の男と東京駅で語ってきました。


その一人の男とは、サークルの2つ上の先輩なのですが。


現役時代はさほど深く関わったことはありませんでした。


なぜ急に二人きりで語ることになったのか。
それもなんとなくなのですが、その人は自分にない価値観を持っていて、さらに軸がしっかりしていたからですね。


社会人1年目ながら、尊敬する部分もあったので、語り合いました。


話してみると、共感できる部分もおおいにあり、グサッと核心をつかれて完敗、という点もあったのですが。
さすがに価値観は違うものを持っていました。


大学4年間のなかですでに事業をやっていたと言っていただけあって、さすがにビジネスに対して鋭い感性を持っている、といった印象を受けました。


私の考えにも耳を傾けながらも、だから何なの、といったような姿勢で(さすがに全く無関心だったわけではないとは思う)最後までしっかり向き合ってくれました。


まあ、このような価値観の人もいるのだなあと思わせられた1時間でした。
時間が短すぎたというのもあり、自分の全ては明かさずに、煙に巻かれたような気分にもなりましたが。わら


とても忙しそうに夜の丸の内へと姿を消していきました。
わざわざ時間を割いてくれて(ハイネケンやつまみも奢っていただいて)、良き先輩でした。


社会人と話すと、自分のあやふやな部分が露呈しますね。
何を仕事にするのか、はたまた仕事とは別にやっていきたいことがあるのか。
自分の中でどこに区切りをつけたいのか。


実際のところ、やってみないとわからないこともたくさん。
一種の妥協とも似た決断というのも時には必要なのだろうか、いや、それが覚悟というものなのか。


まだまだ自分の中で答えがでないものもたくさんあるようです。


これもまた人それぞれの価値観次第ということで。
それではまた明日。



我慢の種類

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今日は外に一歩も出ることなく一日中家に引きこもっていました。
こんばんは。


昨晩、我慢の種類というワードを出して終えましたね。
それについて触れていこうと思います。


”我慢”と聞くとみなさんは何を思い浮かべるでしょうか。


時になくてはならないもの。
自分を成長させてくれるもの。
相手や、周囲の人のためにするもの。
自分を押さえつけてしまうもの。
社会に出たら必ずしなくてはならないもの。
などなど…


例を挙げようとしたらキリがありません。
考え方は人それぞれなのですから。


その中で私は現段階では”我慢”というものには、大きく分けて2種類あると考えています。


…なんのこっちゃ。


考え方は簡単です。
”我慢”を大きく2つに分けると心地よいものと心地よくないものに分けられます。
表現の仕方がなかなか分からないので、現段階ではこういう表現をしておきます。


一体どういうことなのか。
言ってしまえば本人自身の捉え方だと考えます。
それこそ人それぞれの価値観の相違なのですが。


簡単に例を挙げましょう。
A君は理科がとても嫌いですが、どうしても入りたい難関国公立大学があります。
どうしてもその大学に合格したいがために、理科も嫌いながら”我慢”して勉強しました。


この際の”我慢”は私の中では心地よい”我慢”です。
というよりも、少しでも克服するためにA君は積極的に理科に向かい合うでしょう。


2つ目の例を挙げましょう。
A君は先輩に無理やり誘われていきたくもない飲み会に誘われました。
その先輩にはよく可愛がってもらっているため、飲み会に足を運び2時間”我慢”してその場を乗り切りました。


この際の”我慢”は…言わなくてもわかりますね?
いくらその場を楽しもうとしても、お酒で何となく気持ちを紛らわすしかありません。


上記のものは状況があまりにも違うというのはごもっともなのですが、あくまで例なので悪しからず。
何が言いたいかがなんとなく伝わればそれでいいです。


結局のところ、何を伝えたいかといいますと。


自分の夢や本当にやりたいこと、目標に向かって通らざるを得ないものに必要な”我慢”はその人にとっては苦痛ではない、むしろ心地よいものなのだということであり、
自分のやりたくないこと、仕方なくやっていることに直面する”我慢”は全く持って心地よくないということです。


一見、当たり前のように見えますね。
ですが、考えてもみてください。
一体どれだけの無意味な、自分のためにならない、苦痛な”我慢”をしてきているのか。
あれは仕方ない!と思うものがあれば、仕方ないと思っている時点でもうすでに心地よくないものなのではないでしょうか。



どちらの”我慢”をしてるから偉いとか、正しいとか論じるつもりはありません。
ただ、自分にとってその”我慢”は本当に心地の良いものなのかどうか、自分に問いただしてするべきかどうか考えてみてもいいかもしれません。


だけど、もしかしたらそこで心地よいとは思えない”我慢”を捨てることで自分自身楽になったり、自分らしく生きていくことが可能になるかもしれません。


自分らしさとは。
なかなか難しい問いかもしれません。
もしかしたらとてもシンプルな問いなのかもしれません。


あなたはどれくらいの心地よくない”我慢”をしているでしょうか。
それをすることで自分らしく生きていけているでしょうか。
社会的にうまくやっていけているのでしょうか。


自分を見つめなおすほど難しいことはないかもしれません。


いつものごとく、どう考えるかは人それぞれの価値観ということで。
それではまた次回。



日本の就活よーい、ドン

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今日はいわゆる合同セミナーに行ってきました。
スーツを着て周囲に扮し就活生してきました。


やはり採用活動解禁初日というだけあって、名だたる大企業が数々ブースを出展していて、数多くの就活生で賑わっていました。


内容はというと、さすが大企業様。


とても面白い内容であったり、とても興味を持たせるようなパンフレットや時にはプレゼント作戦。
お金かけてますね。
おかげでどこも印象に残っています。


そこにとやかくいうつもりもありませんし、無駄だとも思っていません。


ただ私が今日のセミナーに参加し、お昼を食べるのも忘れ、全8社の説明を聞いて思ったこと。


それは、どの会社も魅力的であり、仕事が楽しそうだということですね。
どれも興味が湧く内容で、入社後の自分の姿を想像しながら聞き入ってました。


さらには、どこの企業様も業界研究も兼ねた説明だったので、社会の仕組みを少し勉強出来た気になり、とても有意義な時間でした。


とは言うものの、全員に共通することだとは思いますが、自分の軸がしっかりしていればどんなに魅力的な企業がたくさんあっても、自分に問い正した時に迷わないはずですね。
当たり前のことかもしれませんが、改めて思いました。


考えようによっては、自分がそこでどうするかということが重要なので、ガッツや人を思うことで自分はどこでもやっていける。


のかもしれないけれど、どうせどこでも頑張れるのであれば、自分という人間が一番輝くような、一番生き生きできる場所で頑張りたいものですね。


その中でなら時にはしなくてはならない、ある種の"我慢"もできると思うんです。


あ、私のなかで"我慢"って、二種類あると思っています。
心地よいものと、心地よくないもの。


それについてはまた後日掘り下げていこうと思います。


なんにせよ、就活って面白い。


今回もまたどう考えるかは人それぞれの価値観ということで。
それではまた次回。