悩める就活生のあれこれ

日常で思ったこと、何か記事を読んで感じたことを中心にまとまりない感じでつらつらと書き連ねていきます。 (現在セブで日本語教師のインターン中)

対人関係とビジネス!?~In Cebu~

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すっかり家の近所のパン屋さんの常連になりました。
こんばんは。金子です。


さて、今回は自分の職業に関連したお話をしようかと。


ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが
私は現在日本語教師として、多少特殊ではありますが一応教師という立場で仕事させていただいています。


人に対し学びの場を提供するのが第一となる職業柄、
感じることは少なくないので、書いていこうと思います。


まず、教育や介護など、人との関わりあい自体が仕事になる職業全般に言えることだと思うのですが。
元々がビジネスにそぐわないというか、満足度と利益が必ずしも比例しないもので、
そこにジレンマが生じやすい職業なのではないかということです。


つまり、教育現場では、ここで学んだことによって、ある一定の学力をつけるために
学ぶ側にも相当なやる気を求め、それに対して多くの知識を提供しなくてはならないとします。


しかし、相手はもちろんロボットではありません。
みなそれぞれの人生があり、価値観があり、モチベーションがあり、能力があります。
十人十色なのです。
これはどこの国でも同じです。万国共通です。


そうなると、当然こちらの思うようにはいきません。
ましてや1対1ではなく、一度に大勢の人と接するとなると、なおさらです。
出来れば一人たりとも不満は出したくないというのがこちらの願いです。



しかし、能動的な人はより多くのものを求め
消極的な人は現状で満足しようとする。
自分で学びを深めていこうということをしない人もいるのは確かです。


それは人それぞれなので、こちらも強制したくありません。
ベストなのは、自分で自分にあった方法を見つけること。
何故自分は今ここにいるのかを考え、モチベーションをキープすること。


こちらとしては、より学びたいと思わせるようなきっかけづくり
その人にあった方法を見つけるサポート
モチベーションをキープするためのサポート
それ以上のことは出来ないのです。


利益を求め、その人の個性を殺し、必要以上のものを求めすぎてしまうと
その人にとって息がしづらくなり、返ってモチベーションを下げてしまう。
クラス全員のこと、同時に一人一人のことも考えると
利益や負担、そして結果というものじゃ片づけられない問題が生まれるのではないでしょうか。


もちろん結果がついてきたらこれ以上嬉しいものはありません。
ですが、結果のために追いついてこれないものは切り捨てるという考えは
どうしてもこの職業にはそぐわない。


効率の良さが全てではないのが対人関係なのではないでしょうか。
これはビジネスとして捉えるか、ほかにも教育への考え方次第で
十分変わってくる問だと思います。



どれだけそのジレンマの中で、目の前の人を大切に出来るか。
個人を尊重し、自分も寄り添い、共に成長できるか。
その人の個性を伸ばすキッカケを与え、可能性や選択肢を拡げることができるか。


これを常に考えていき、自分なりの教育というものへの考えを確立させたい。
そして、ここで学んだ人の動かし方を今後も生かせるような人生を歩めたらなと。


なんて、もうすぐ終わりみたいな雰囲気醸し出しておいて、あと7か月弱。
まだまだ始まったばかり。
自分なりに直感のはたらく方向へ歩んでいこうと思います。


まあ、今回もまたどう思うかは人それぞれの価値観ということで。
それではまた次回。


心の支え。~In Cebu~

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昨日のセブの盆踊りフェスティバルで食べた抹茶クッキーもどきでお腹を壊しています。
こんにちは。金子です。
あ、ちなみに写真はセブ関係ありません。
ネットで拾ったフリー素材です。


それは置いといて、こちらに来てから1か月が経ちました。
お給料ももらい、フィリピン人がどんな生活をしているかが大体掴めてきました。


そして、まだ1か月とはいえ、日本の友人が恋しくなることも多々あります。
SNSのひと昔前の投稿を見て懐かしむことも多くなりました。


もちろん、こちらのひとはとても良くしてくれるし、にぎやかだし、
友達を紹介してくれてどこか連れてってくれたり、お勧めの場所を紹介してくれたり。
来週末は会社のサマーアウティングということでリゾート地で一泊するらしいですし。
毎日楽しく過ごさせていただいています。



それでもやはり、言葉の壁というものも多少はあるのかもしれませんが、完全に心を許せる人がいないというのはなかなか孤独なもので。
SNSで繋がっているとはいえ、やはり辛いとき、心が折れそうになった時に
大切な人が側にいてくれない中で、どうやって立ち直ればいいのか。


今のところ結局は自分の力でどうにかするしかないんですね。
周りには信頼できる人がいないですから。


思っていたより、いや、思っていた通りという方が正しいかもしれません。
思っていた通り人ってとても弱い生き物で、繋がりがないとダメなんだなあと。


これは言葉の障壁などが一切なくなれば、どこへ行っても大丈夫なのでしょうか。
誰とでも心が通わせられるようになるのでしょうか。
文化の違いも少しはここに関係してくるのでしょうか。


ここの人たちは
変にカリカリしてないし
時間に追われてないし
もちろん仕事にも追われているようには見えないし
なにより今を楽しんでいます。
これはとても素晴らしいことだなと思います。
日本のようなストレス社会とはうって変わっての社会です。
まあ、文化の違いでしかないと思うのですが。


それを踏まえ、日本人の感覚として違和感を感じることが多々あるのも事実です。
お店のサービスはいいとは言えないし
時間は全く守らないし
情報の伝達とかも適当だし
全体的にかなり時間かかるし


共通して言えることは、時間という概念をあまり重要視していないということです。


時間の虜になることは必ずしもいいことだとは言えません。
でも、やはり人生は限られた時間でしかないし、
その限りある時間を大切に、一生懸命生きるという感覚は忘れたくないものです。



大切な人や環境、ありがたみは失ってからではないと気付かないものです。
そのことは十分理解していたはずですが、痛いほど思い知らされている近頃であります。
まあ、失ってはいないんですけどね。


当たり前なんてものはどこにもない。
こういう気持ちって大事だなとつくづく感じます。
それに気付くのは様々なことにチャレンジする人や
環境の変化を経験した人だけなのかなと思います。
そう考えると、死ぬ間際まで挑戦し続けたいなーなんて、カッコいいこと考えちゃいます。


まあ、今回もまたどう思うかは人それぞれの価値観ということで。
それではまた次回。



安全って当たり前!?~In Cebu~

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今、フィリピンが大変なことになっていますが私は今のところ生きています。
こんにちは。金子です。


学生に言われるまで正直フィリピンのニュースなど調べもせず
この国がどんな状態なのか知る由もありませんでしたが。


セブから少し離れてはいますが、
フィリピンの面積の大多数を占めるミンダナオ島というところでテロが起きているようです。




今のところ全く生活に支障はきたしていませんが、
話を聞く限り、治安部隊と武装勢力の衝突での死傷者がかなり出ているようで。


なによりショックなのはテロリストによって市民が殺され
切り落とされた頭が道端に置いてあるということが本当に起きていたということです。


ドゥテルテ大統領が令状なしで身柄を拘束できる戒厳令なるものを発令したり
夜間外出禁止令が発令される予定だったりと、ただならぬ状態なのです。


そんなさなか本当にだめだなあと思うのは、自分が現に暮らしている国で起きていることなのにまだ実感がわかないということです。
平和ボケにもほどがあるというか、日本人のだめなとこなのだろうなあと思います。


それでもできる限り移動はタクシーを使って安全を心掛けたり
夜出歩かないようにしたりと気は引き締めてはいますが。


それでもやはりこの国は平気でぼったくろうとしてきたり
かばんのチャック開けてくる人がいたり
ストリートチルドレンがたかってきたりと
決して気を緩めることはできません。


なんか、こんな風に書いているとフィリピン危なすぎないか?
という風に感じてしまうと思われるのですが
未だに泥棒に逢ったことはないし、危険な目にもあっていないし
大多数がのんびりしているので細かいこと気にして自分がカリカリしなければ良い国だと思います。
食べ物もビールも美味しいしね。



それにしても、昨晩レートを確認した際のペソの価値の低さには驚きましたが。
2000ペソで約77円でしたからね。信じられません。
(現在はもう元に戻っています。100ペソ=約225円 [5/26 11:00現在] )


とにかく、そんな身の安全が保障されてるとはいえないこの国で
もっと様々なものを自分の目で見てたくさん感じて吸収して
アウトプットしていきたいと思います。


誰かがアウトプット重視でインプットすると、よりインプットする際に身になり
アウトプットが効率的になるって言ってたけど、その通りだと思いますわ。


さ、今回は題して「平和ボケを正そう!」という講義でした。
いかがでしたか?わら


これからもこんな感じで続けていくので、
なにかコメントを頂けたら、そこからまた何か考えさせられたり
そういう見方もあるのか、と勉強にもなるので是非考えをシェアしていただけたらなと思います。


まあ、今回もまたどう思うかは人それぞれの価値観次第ということで。
ではまた次回。



すっごい人たちがいるもんだ!!~in Cebu~

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エアコン、シャワー、冷蔵庫は故障中だけどたくましく生きてます。
こんばんは。金子です。


さて、Cebuに来て3週間が経とうとしています。
いきなりですが、現代って本当にすごいですよね。
国は違えど、SNSを開けばリアルタイムで誰が何をしているか分かるし連絡だって即座にとれる。



みなさんが日本や世界各国で元気にやっている様子も拝見させていただいています。
加えて、
新たな挑戦を試みている人
夢に向かって頑張っている人
自分の将来のため踏ん張っている人
成長のため様々なことを吸収しようとしている人


本当に様々な人がいて、私も非常に刺激を受けているし
一日一日を無駄には出来ないなと思う日々であります。


少し例を挙げると
兼ねてから話は聞いていたものの、高校時代の先輩がついにYoutubeでチャンネルを立ち上げました。
自分の人生はわがままに生きていきたいという話題でとても話が合う先輩でした。
高校時代も最近もとてもお世話になった先輩だったので
チャンネル立ち上げの話を聞き、即アップされている動画を全部チェック。
これからももちろん応援していくつもりです。


他には、小学時代毎日のように遊んでいた、今は引っ越してしまっているのですが
隣に住んでいた友人がプロボクサーとして6月にプロデビュー戦を行うそうで。
まさかプロボクサーを目指していたとは、知りませんでした。
デビュー戦は観に行けませんが、もちろん応援していくつもりです。



他にも海外で頑張っている友人
就活で必死に自分と向き合っている友人
美容師を目指し、モデルとしても活躍中の友人
自分のブランドを立ち上げる友人
田舎で日本の他の人とは違う生き方を実践している中学時代の恩師
頻繁に連絡をくれる親
自分も海外にいながら私を心配してくれる彼女
などなど…。


こんな素敵な、あまりにも多様な繋がりがあることに心から感謝しています。
みなさんの頑張りを見て非常に刺激を受けています。


やりたいと思ったことは惜しみなくやり
目の前のことに思い切りぶつかる
そんな人生を引き続き突っ走っていこうと思います。


まあ、今回もまたどう思うかは人それぞれの価値観ということで。

あ、先輩の始めたYoutube、空気感がなんともいえないほど良いので是非覗いてみてください。
リンク貼っておきます。
https://www.youtube.com/channel/UCZd2rQdyuBP3AEDYqydWs1A

それではまた次回。


日本の文化って!?~in Cebu~

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Cebuに来て、約2週間が経ちました。
生活にはだいぶ慣れて参りました。こんにちは。


生活リズムがなんとなく掴めてきて、オフィスへの道もだいぶ覚えてきたので
少し余裕を持てるようになってきました。
近くにはスーパーもあるし、さほど不便ではありません。



ですが、まるでペットであるかのように足元でゴキさんが元気に走り回っていたり
冷蔵庫が修理から何週間も戻ってこなかったり
エアコンの効きが悪く、水漏れしていたり
フロントの人に言っても修理してくれなかったり…。


嘘だろ!?
ってことはいくつかありますが、普通にこっちで暮らしている人の家には
エアコンはもちろんのこと冷蔵庫はない。
日本の公衆便所のほうがマシともいえるトイレ。
まるでジャングルの奥地のような場所。
プレハブのほうが間違いなく安全といえる。


そんな人たちにはとてもじゃないけれどエアコンから水が漏れるなんて
口が裂けても言えないし、あまりにも贅沢すぎる悩みだなと思えます。


それは、日本のあまりにも贅沢すぎる生活に慣れてしまっているから。
もっと言うなれば日本人として日本に生まれたからそんなことが言えるわけです。
日本の生活のほうが恵まれていて良い暮らしだというのも所詮日本人としての感性や
ものの考え方、価値観であり、結局日本人としての主観でしかないのです。


もし自分がフィリピンに生まれ落ちたとしたらここで生活するしかなく、
もし日本の暮らしをネットで見て行きたいとは思っても、
日本に住みたいとも、日本人に生まれたかったとも思わないかもしれません。


必要と思うものが違い、価値観が違い、なにしろ環境が違う。
そこに優劣なんて一つも存在しない。
あるのは、便利な暮らしを経験した人の主観だけ。
かわいそうと思うのはお門違い、ですね。


ただやはり
そんなもの食べるの!?ってことだったり、これはしてもいいんだ、これはだめなんだ、など
文化の違いに驚くことや考えさせられることはあります。



”日本人として”言わせてもらうとやはり日本の文化は素晴らしく
誇るべきものをもっているし、今まで考えたこともないけれど日本人って素敵だなと思います。
それは日本語を教えている学生からも言われます。


日本語教師として、教師として、日本人として働きはじめ
人に教えるということ、日本語、文化について考えるようになりました。


人に教えることについてはまた後日まとめるとして、
書きたいことは「日本の文化」ですね。


みなさんは日本といったら何を思い浮かべますか?


漫画?
アニメ?
武士?
忍者?
相撲?
お茶?
富士山?
京都?
大阪?
秋葉原?
原宿?


他にもたくさんあると思います。
やはり日本人自体であったり日本語じゃないですかね。


世界的にも真面目だ、勤勉だというイメージを持たれている日本人。
そしてその日本人が唯一が母語にしている日本語。


日本人って言ってることと思ってることが全然違うことも多々あるし
それを察するのが当たり前だからわざわざみなまでいうことないし
なんならきっぱり口にしたり自分のしたいことをダイレクトに伝えるとかえって失礼に受け取られたり
社交辞令は大事だし、相手が口にしないことまで意図を読み取らなきゃいけないし…。


はっきり言ってめんどくさい社会だと思うんです。
言いたいことがあるなら言えばいいし、嫌なら嫌。好きなら好き。
そっちのほうがとってもシンプル。楽ちん。誤解もない。すれ違いもない。


でもそうはいかない。
日本人ってとっても繊細でほんとに微妙な心の動きで口にする言葉も、
しぐさも変わってくる。


そんな繊細な日本人の心を表現するのは
複雑で、たった一文字やイントネーションが変わっただけで意味も変わってきてしまう日本語以外ないのかなと。


日本語ってほんとに複雑。
でもとても繊細で美しく、ひとことひとことに含まれている意味が多すぎる。
だからこそ一言一言の発音がしっかりしているし一文字の意味も大きいのだと。


日本語自体が日本の素晴らしい文化なんだろうなあ。


つい先日彼女から勧められた曲を聞いて
ほんとに何気ない歌なのだけれど、そんなこと考えていたもんで
余計言葉の意味とか重くうけとめてしまって。
日本語って美しいなと、感動してしまったのでした。


まあ、今回もまたどう思うかは人それぞれの価値観ということで。
それではまた次回。


自分なりのアイデアは存在しない!?

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昨晩の雷雨から打って変わってとても陽気な一日でしたね。
こんばんは。

さて、昨日はまたまた父の仕事の手伝いをしてきたのですが、とても感動した出来事がありました。
それは、仕事中に父がおもむろに取り出した道具から生まれました。

ビルの屋上から地面までの高さを測る際に、ひと昔前のスマホのようなものを使い
地面に向かって何かをしたと思うと、画面に距離が表示されたのです。

え、なにそれ。どゆこと。魔法か。

原理を聞いてみると、50mまでは光を照射すると距離がわかるのだとか。
土地の平米数もあっという間にまるわかり。
…めちゃくちゃ便利やん。
…欲しいわぁ。

いやまあ冗談はそれぐらいにして、それを聞いた時にピンときたんです。
速さ×時間=距離だ!!!と。

分からんかったんか。あほちゃうか。
という罵声は心に留めておいてくださいね。

ほんとに、純粋にすごいなって思ったんです。
だって小学校で習う、誰でも知ってるような数式ですよ?
そのこれ以上ないほどの基礎的な知識を、距離がすぐに分かったら便利なのになぁというニーズに応用して光を一定時間照射して距離を割り出すという…。

アイデアってこういうものなんだなと本気で感動してしまいました。
その機械が発案される瞬間に立ち会いたかったなぁ…。

そうやって既存のモノであったり考えを組み合わせたり発展させたりして
いろんな便利なものが生まれたり、様々な人のニーズに応えていく。

あとはそのニーズに気付けるかどうか。
不便なことや、あったらいいのに、をそのまま不満や愚痴で終わらせるか
だったらこれからどうするかと考えるか。

そこの捉え方の違いだけですよね。
前回も言ったように、起きてしまったことや起きていることは変えられない。
だったらそれをどう捉えるかでこれからを変えていくしかない。
そういうことですね。

こうしてアイデアで生まれた物を自分の目で見て改めて実感させられました。
日頃から様々なものを見て、感じて、疑問を持って、考えて。
アンテナを常に張り、自分なりに考えていることが大切ですね。

そうなると自分から純粋に生まれたものっていうのは存在しない?
どんなものであれ先人たちの考えや周囲の環境に依存しているのが当たり前?

まぁ、今回もまたどう思うかは人それぞれの価値観ということで。
それではまた次回。